ウタリは今〜アイヌ新法元年[3]

意識の改革〜和やかに勉強会

帯広市生活館(柏林台中町)で週1回、とかちエテケカンパの会という勉強会が開かれている。アイヌ民族の子供たちを集めた私塾だ。教師や牧師、僧りょ、大学生らが有償ボランティアで幼児から高校生を教えている。

会は、芦澤満さん(30)=(高校教師・同会事務局長)=が90年に、アイヌ民族の子供の家庭教師を始めたのがきっかけだった。習いにくる子供の数が増えて会に発展した。

現在は14、5人が通っている。授業はせず、スタッフが一対一に近い形で勉強を教え、遊んだりおしゃべりが弾むときもある。勉強会が和やかな雰囲気なのは、子供のストレスを発散させたいというスタッフの意図もあるからだ。子供が語らなくても、学校でおとなしくしていること、いじめがあることはわかる。

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エテケカンパの会員たちと談笑する芦澤さん


「中学生が小学生を、学校に行かなくなったら負けだよ、と励ましていたことがあります。不登校の子もいたし非行に走った子もいました」。会は年間を通じてキャンプやパーティーを開き、学校で詰まる息を解放できるような温かさを持ち続けている。

2年前、芦澤さんは会の高校生5人と大学生を連れて、カナダの先住民ルビコン・クリー族などを約2週間訪ねた。クリー族の前で高校生は古式舞踊をして見せた。「あれからその子たちとはアイヌについて自由に話せるようになった」。積極的になって成績まで上がり子供たちが変わった。

会のこうした活動の裏には、アイヌ民族の進学率の低さという現実がある。道のウタリ生活実態調査(1993年)で、アイヌ民族だけの高校進学率と全体の数字に、10%近い開きがあった。「わたしたちの代から脈々と続く問題だ」と帯広市アイヌ教育相談員の笹村一朗さん(68)は指摘する。

1931年(昭和6年)、帯広のアイヌ子弟を集めた日新尋常小学校が廃校になり、周辺の小学校に児童たちは分かれた。「当時、和人の学校に交じるのはとてもてらかった。アイヌだけの学校だったら通えたかもしれないが、わたしたちの世代でまともに通った子なんていない。そんなわたしたちが持つ学校に対する考え方は、今、親であるわたしたちの子に受け継がれている」。

エテケカンパの卒業生たちが社会人になり、子供たちを教えに来るようになった今、過去から続いたものがようやく変わるのかもしれない。(社会部=山本薫)


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