ウタリは今〜アイヌ新法元年[1]

民族の自覚〜道具を通し先人の心知る

上士幌町郊外の音更川沿いに川上英幸さん(53)の家がある。家から見る視界を遮るように間近にがけが迫っている。農業には決して適しているとは思えない土地だ。「先祖は畑を耕すことのほか、狩猟民族だったこともあり、アキアジがのぼるこの場所を北海道旧土人保護法の適用を受けてもらったらしい」と川上さんはいう。

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アイヌ民族の伝統方法でサケを捕獲する川上さん(手前)


子供のころは、近くに大勢のアイヌの人が住んでいたという。「小学校5年までは家の手伝いをして、小学校6年から農家に住み込んで農作業をしていた。親には学校に行く必要はないと言われて」「ほかの人は差別を受けたと聞くが、私の場合はアイヌだからという差別はずっとなかった。たまに学校に行っても、職場の集材現場でも、いやな思いをすることはなかった。自分はアイヌだと真剣に考える必要はなかった」

アイヌを意識したのは今から15、16年ほど前だった。アイヌ文化伝承に力を入れる和人にウタリ協会などの説明を受け、さらにアイヌの長老にアイヌの歴史を聞いて、民族を意識するようになった。

「調べていくと、この部落の大人たちが酒を飲んでばかりいた理由が分かった。政府の同化政策の下で、精神的にも肉体的にもぼろぼろになっていた。酒を飲まなかったら神経が持たなかったんだね」

アイヌ文化に触れようと伝統漁法のマレクを十勝川で実施したのは1993年11月だった。そのほかにもシカのぼうこうで作ったシカ笛、赤ちゃんを寝かせる揺りかご、弓がついた精巧なシカを捕る道具など、アイヌが昔使っていたさまざまな道具を再現している。

「先人たちは何を考えて道具を作ったんだろう。ここまでよく思いついたもんだ、という好奇心で作っている。作ってみて機能的にも素晴らしいので驚く」

アイヌ新法に関しては「アイヌが一つの民族として認められたことには意味があるが、新法が何をしてくれるかというより、自ら何かをすることが必要。アイヌにもプライドはある」。

「当時の日本政府も完全犯罪はできなかった。だって北海道の地図にアイヌ語を残している。どうしてなんでしょうね」。川上さんが問いかけるようにつぶやいた。(社会部=竹村浩則)


アイヌ民族の誇り尊重などを規定したアイヌ文化振興・伝統普及法(アイヌ新法)案が近く国会で成立する見通しとなった。また、日高管内平取町の二風谷ダム建設に伴う土地強制収用をめぐる行政訴訟では、アイヌ民族の先住性が認められた。アイヌ民族は今、どのように生き、文化はいかに伝えられていくのか考えたい。


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